素晴らしい人間関係を その10「間違いを注意しない」
本日もお越し頂きまして、ありがとうございます。
素晴らしい人間関係を シリーズ
<大前提>
他人はどんな手法でも絶対に変えることは出来ません
しかし、自分は変わることが出来る。
自分が変われば、鏡として映っている環境も、
やがて変わっていきます。
<基礎基本の3原則>
1つ 感謝に徹する
2つ 尊重する
3つ 相手の望むことをする
シリーズ その1~3でお話したそれです。
この3原則が基盤にある状態で、
毎度お話をしていきます
今回は
「間違いを注意しない」
最後までお付き合い頂けると、幸いです。
人は本当に正しさを求めているのか?
もし、求めているなら
最も観られるTVは
バラエティ番組ではなく 国会中継
最も読まれる書籍は
推理小説や漫画ではなく 研究論文集や白書
人は正しさを求めているようで
正しさを求めているわけでは無いのです
本当は正しいモノを目の前にすると
眠くなり、退屈してしまいます。
それでも
論文や白書は出来るだけミスがないように、緻密に創られます。
なんでこんなに回りくどい、なんでこんなに複雑に
なんでこんなに言葉が多く、なんでこんなにページが多いのか?
何故か?
それは細かいミスを見つけて指摘する人がいるから
重箱の隅を突くような、間違いを注意する人が、必ず存在するからです
もし、双方向のコミュニケーションで
全くミス無く話をしようとすれば、どうしても論文の様な話し方や文章になります。
こんなことで、本当に良好な人間関係を築いていけるのでしょうか?
双方向のコミュニケーションにおいて
正しいかどうかは、どうでもいい のです
会話をしていて、
100を話したとき、その100全てが間違っていると言うことはありません。50が間違っていることさえも希です。
相手が間違ったことを言ったとしても、1か2程度。多かったとしても10程度。つまり、90%以上は常識的に正しい事を言っているわけです
完璧主義は嫌われます
間違いを注意するタイプの人は、90のものを100にした方が良いと思うのかもしれません。
しかし、間違いを注意する、その目的は なんなんですか?
相手と良好な関係を創る為?
相手に正しい考えを持って貰うため?
いずれにしてもその目的は達成されません。
必ず失敗します
何故なら、人は論理の生き物ではなく、感情の生き物だからです
間違いを注意された相手は、論理を訂正されたのではなく、感情を傷つけられたのです。
一番大事にしている自尊心や自己重要感を傷つけた相手に対して、もう好意を抱くことも無ければ、自分の考えを改めることも絶対にありません。
寧ろ、あの人は間違っていると、自分の考えをより強化します。
間違いを指摘する人の心理
本当は自己重要感を満たそうとする行為です
「自分の方が、もっとモノをよく知っている」という欲求を満たしたい。これが、間違いを注意する人の心理
その短期的な欲求を満たし、
長期的な人間関係を破壊してしまっているのです。
仮に、間違いを注意する事が、100%相手の為の善意だったとしても、全く意味がありません。
他人を変える事は 絶対に出来ません
間違いを注意された相手は、余計に自分の考えを正当化しようと躍起になるだけです。
だから、
間違いを注意する事は「百害あって一利無し」
どんなに間違いが多い人でも90%以上は大筋正しいことを言っています
仮に10%位、間違った様なことが聞こえたとしても、気づかなかった様に普通に流してしまえば良いのです
会社の方針であったり一生を左右する様な一大決心を話し合っている時は別ですが、普段の会話であれば、一々目くじらを立てず、スルーするのが一番なのです。
それよりも
相手を理解することに努めましょう
「何故、相手はその様な考えなのか?」
「何故、相手はその様な事を発言するのか?」
「何故、相手はその様な行動をとるのか?」
相手に興味関心を持って、相手の理解に努め、
双方向の会話の中から、お互いに何かしらの気付きや学びがあったら、其れを楽しむ。
相手が50間違っていたとしても50学びが合った訳ですから、其れで良しとする。
間違いは 注意しなければ、問題にはならない
理解に努め、熱心に話を聴いてくれた人に、好意を持ちます。
目的を常に良好な人間関係を築く事に焦点を当てて、双方向のコミュニケーションをしていく様にしましょう。
人生を変えてしまうような大きな間違いなら話は別です、普段の会話の中での些細な間違いであったり考え方であったり、100の内の1~2の間違いを注意や指摘などせずに、98%の良いところを学びとしましょう。
素晴らしい人間関係を得るには、
敢えて、間違いを注意しないことです。
最後までお読み頂きまして
ありがとうございます
ではまた